チベット医学で、元気をとりもどすぞ

ここ数日、春が訪れ、気温とともに身体も精神もすっかり弛緩して、どうもいまひとつ集中力が足りない。できるだけ早く前に進めなければならないはずの(予定ではとっくに終わっているのだが)あれこれの懸念事項、リサーチや段取りがあるというのに、やる気が起こらず、結局一日、仕事にも勉強にも集中できないまま、ぼんやりと一日が過ぎていく印象。


こんなことではいけないぞ。今にその皺寄せが怒濤のごとく押し寄せてくる。街の石畳を風のように力強く歩く、チベット青年や娘たちを見習うのだ(彼らは、わははは、と冗談を言い合い笑いながら、どんな坂道も大変な速度で歩くので、わたしは冗談にも、徒歩にも着いていけず、ちょっと待って、と小走りで追いかけるのである。しかし、これはDNAの違いなのか。あの峻険な雪山で生き変わり、死に変わり培われた細胞を持つ彼らを見ていると、『風の行者』というのも、まんざら伝説じゃないかも、とも思う)、と気合いを入れた矢先のことだった。「ダラムサラのメンツーカンから来たドクターと、我が妻とともに、今ローマにいるのだが寄ってもいいか」と、チベット青年から電話がかかってきた。


わたしの家は、名画『終着駅』のシーンともなったテルミニ駅のすぐそばにある。というと、なにやらローマンチックな趣の、古い街並みのようだが、わたしのジャパンを含めて、チャイナやバングラ、インドやパキスタン、モロッコアルジェリア、アフリカ各国などからの移民の坩堝となっており、あやしげなマネーエクスチェンジショップやカレー屋やアジア、アフリカ香辛料屋、見たこともない、いったいどのように調理してよいか分からないような野菜が並ぶ店などがひしめいている。オバマ大統領が当選した次の日の朝は、マーケットの広場でアフリカの青年たちが拳を振り上げ、勝ち誇ったように何時間も「オ、バ、マ、オ、バ、マ」と連呼もしていた。そうそう、2001年、9.11のすぐあと、アルカイダが潜伏しているという情報が流れ、イタリア人にしては珍しく目つきの鋭いポリスたちが常に巡回していたこともあったっけ・・・・。


ともかく、カレー薫るそよ風吹くその街角に近づくと、「わあ、インドに帰ってきたみたい」と、チベットの娘たちは喜び、レンズ豆やらひよこ豆、ずいぶん辛い香辛料、バスマーティ米、ボリウッド映画最新DVDなどを購入して帰るのである。わたしはといえばとりあえず、この地域を「ローマのブルックリン(って行ったことはないのだが)」と命名している。そういうわけで、ローマの中央駅、さらにマーケットの近くということもあって、チベットの青年たちをはじめ、日本人の友人、同居人の娘、イタリア人の友人らの「ひと休みの場、あるいは珍しい食材のお買い物の場」と化しているから、その青年もちょっとひと休み、と電話をくれたのだった。「チベット医学のドクターと一緒。それは素晴らしい。ぜひいらしてください」


こんな話を聞いたことがある。チベットの文化を破壊し尽くそうと目論んだ文革の際、中国政府は「じゃあ、チベット医学はどうするか」と話し合ったそうである。そこで「一度試して、潰すかどうか決定すればよい」とラサの病院に党幹部が押し寄せ、われもわれもと診断を受け、治療を試した。そのほとんどの党員が美食と不摂生で成人病を患っており、本人たちもそれを自覚していた。結果、党員たちはチベット医学の治療で明らかに回復へ向かい、「これは潰すには惜しい。利用できる」という経緯で、現在もチベット内部では医学の分野だけは弾圧されないと言う(チベット医学のベースは仏教哲学であるのに、だ)。このいやらしい態度は許しがたいが、あの唯物的な中国政府が効果を認める、というのはそれだけチベット医学が実践的、効果的であるということでもある。


ところで、ここイタリアでは、アーユルヴェーダほどはチベット医学自身、市民権を得ていないが(スイス、ドイツとこれほど近いにも関わらず)、それでも多くの医者たちが興味を持って研究しはじめている。また、イタリアでは西洋医学のドクターの資格なく、代替療法が行えない法律があり(チベット丸薬は薬事法の問題もあるのだが)、コースに参加しているのは、ほとんど実際に医療の場で働く人々でもある。


さらにわたしたち一般のレベルでは、チベット医学の療法により、大変な病気が回復したという体験談を聞くこともある。例えば知り合いのイタリア青年は「明日、手術」という肝臓病を患いながら、どうしても手術は受けたくない、と担架で担ぎ込まれたチベット医師宅で治療を数週間受け、手術をせずに完治した。あるいは診療の待合室にたまたま居合わせた婦人は「チベット医学の治療で、子宮筋腫が消えてしまったのよ。だから何か調子がおかしいとここに来る」とも話していた。個人的なことを言えば、甲状腺の弱い、ときどき薬を飲まなければならなかったわたしだが、『瀉血』という耳たぶから、血を抜き取るという治療で数値が格段に下がった経験がある。
とこう書くと、まるで「一週間で10KG痩せた!体験者の声、ぞくぞく」のような文調になってしまうのだが、本当なのでしかたがない。


ところでそのメンツーカンのドクター。ドクターというから、おじさんを想像していたのだが、妙齢の美しい女性で驚いた(涼しげで、時折知性が、キラリと覗く瞳が美しい)。ラクイラの被災地でベルルスコー二首相が、美人医師に「あなたのような美しい先生に見てもらえば、病気もすぐに治る」とか、なんとか発言して、恒例の『顰蹙』を買っていたが、イタリアのおじさんたちは、チベット医学がなんだか知らなくても、この先生に脈拍を計ってもらえる、ということだけで押し寄せるのではないか、とも思われるほど。


非常に物腰が控えめ、しかしキリッとした口調で、現状のわたしのLifestyleにさまざまなアドバイスをしてくださり、よし、明日からはしっかり食と態度を改めて、元気に毎日を過ごすぞ、と決心する。また、「今年メンツーカンを大変優秀な成績で卒業した日本人ドクターがいる」とも、話してくださり、日本でもいよいよチベット医学が広がり根付いていくのでは、とわたしもたいへん嬉しかった次第。先生、ありがとうございました。