チベット医学と西洋医学の接点 1 

さて、ちょっと前にとてもおおらかなPagliaro教授のことを書いたが、Pagliaro先生に診療していただければ、あっと言う間に病気もふっとぶなあ、と思えるほど、アクティブで快活な先生である。イタリアのある公立病院の臨床心理学のディレクターとして、信望も厚く、患者だけではなく、病院で働く看護士や先生たちを対象にした数多くのコースを持っていらっしゃる。


Pagliaro先生は、西洋医学をベースにチベット医学のノウハウを盛り込み、実際に臨床の現場で、病状のケースに合わせて両者の利点を生かしながら診療に当たっていらっしゃるのだが、予想していたより大きな成果があると仰っていた。そもそも東洋医学に興味のあった先生は、中国、あるいはアジア各地の医学をリサーチしていらっしゃったが、ある時チベット医学と出会い、おおいに共鳴なさったのだそうだ。その後、イタリアでも有名な現在ミラノに在住のチベット人の医師、Dr.Pasangにチベット医学の詳細を学び、現在の医療に生かしていらっしゃる。現在のイタリアのTibetan communityをまとめている西洋医学の医師であるチベット青年とも交流が深い。


まだまだイタリアではチベット医学の知名度アーユルヴェーダには及ばないが、それでもたくさんの西洋医学の医師が興味を持って研究している。わたしの友人のFisioterapista(物理療法士と日本語では訳すようだが、骨折をしたり、過去、大きなトラウマを受けて、身体に異常が出てきた場合、痛みをやわらげたり、マッサージやトレーニングの指導をする。イタリアではそのフィジオテラピスタも大学で医学を勉強し、資格を取る必要がある)も、大学に通いながら、実際にチベットにまで出かけて、何年もチベット医学の勉強をしていたし、現在も続けているようだ。


さて、今日から少しずつ、Pagliaro先生の書かれた論文(というより先生がお書きになった記事)を部分的に(大切だと思われるところを)訳しながら(不定期ですが、できる時に訳してわたし自身も理解したい)、少しづつ勉強していきたいと思っている。ニューエイジ風の、なんだか根拠のはっきりしない、説得力のないアプローチではなく(それはそれで面白いとも思っているけれど)、科学的な実験が繰り返される医学の世界でも、こうして西洋と東洋が融合しようと近づいていこうとする動きは、とても素晴らしいと思うし、チベット医学を生んだチベットの文化がイタリアの臨床の現場でも生かされていることはたいそう興味深い。


このような動きはもちろん、長い間、Mind&Life instituto http://www.mindandlife.org/の顧問として、チベット文化の科学的アプローチを推進なさってきたダライラマ法王のお力も大きい。イタリアに住む若い西洋医学を学ぶチベット青年たちも、日々、チベットの伝統医学と西洋医学の融合をめざし、医療の新しい可能性をさぐっているし、法王の書かれた、The Universe in a Single Atom も医療の現場で働く青年たちに大きな影響を与えたようだ。わたしもこの法王の著書、「原子の中の宇宙」http://www.amazon.co.jp/%E3%83%80%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E-%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%97%85%E2%80%95%E5%8E%9F%E5%AD%90%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E5%AE%87%E5%AE%99/dp/4901679422/ref=sr_1_27?ie=UTF8&s=books&qid=1242305763&sr=1-27を読ませていただいたが、正直、科学や物理の素地もなく、勉強が大変不足しているわたしには難解であった。いずれ、もう一度しっかり読み返したいと思う。


ところで論文を訳しはじめる前に、チベット医学について簡単に述べておかなくてはならないかもしれない。わたしはもちろん医学の素地がなく、チベット医学についての詳細を専門的に説明できないのだが、現在はたくさんの本も出版されているようだし、ぜひそれらを読んでいただきたいし、ここでは以前に友人の医師に頼まれて日本語に訳した、チベット医学の簡単な概要を、要約して載せておくだけにする。


チベット伝統医学は、部分的にはインドのアーユルヴェーダ、中国伝統医学とも類似する、古代チベットにルーツを持つ医学、臨床技術です。他のふたつの伝統医学と大きく異なるのは、その背景にチベット密教という大きな霊的哲学があること、そして、そもそもチベットの地に住んでいた人々のアニミスティックな文化と融合し、雪をいただく山々に囲まれた雄大で豊かな自然環境に培われながら進化したという、独自の歴史を持っているということでしょう。


チベットの伝統医学の最もユニークな点は、その実践、研究が、チベット密教の哲学を根本原理として行われ続けていることです。つまりチベット伝統医学とは、古代から幾代にも渡るチベットの医師たちの密教の哲学、宇宙観、霊的な修行をもとに繰り返された微細な分析により、システム化された解剖学、心理学、胎生学、病理学であり、それらの病理に最も適切な診断と治療の方法が網羅された医学なのです。そしてそれはまた、長い伝統と膨大な経験に基づく、チベットの文化が生んだ豊かな知識であり、知恵でもあります。


またチベット伝統医学は、ホリスティックなシステムを持つ医学です。西洋医学とは異なり、一箇所の症状だけで診断、治療をするのではなく、身体全体、マインド(こころの問題)、そしてスピリチュアリティ霊性の問題)を総合的に診断し、それらを吟味したうえで、個々人それぞれに適応した治療を施します。また、個々人の外面的(生活環境)、内面的環境(情緒)をも吟味の内容に含みます。


チベット伝統医学の目標

* 予防医学として
病気を予防するための、適切なライフスタイルとダイエット(食餌療法)の指導が、チベット伝統医学の基本です。現代社会では、生活習慣や食生活の乱れ、精神的なストレスのために体調を崩し、慢性的な不調を訴える人が多くいますが、そのなかでも糖尿病と心臓病は、特に増加の傾向にある例といえるでしょう。

* 臨床医学として
慢性の症状が、明確に病状として顕著に現れた場合、その病状を引き起こした原因をつきとめ、再びバランスのとれた状態を取り戻す必要があります。そのためにチベット伝統医学では、まず、ライフスタイルと食餌療法の指導から始め、さらに薬草療法やマッサージを始めとする外的治療を行います。

*心身の調和、不調和とは?
チベット伝統医学では、身体、心、そしてエネルギー(気)のバランスの調和を基本に治療を施しますが、そのなかでも特に、体と心をつなぐ役割を果たすエネルギー(気)の状態を重要視します。心身の活力であるエネルギーのバランスが崩れることにより、身体、心もまた不調となり、病気を引き起こすと考えるのです。チベット伝統医学では、心身の調和のとれた状態を、健全な身体、明晰でおだやかな心、豊富なエネルギーが循環している状態と定義します。

チベット伝統医学では、身体、心、エネルギーの不調和は二つの原因より引きおこされると考えますが、第一の原因として、強い怒りや攻撃性、過度の性欲、不健康な執着や欲望、また無知といった「破壊的な心の状態」、第二の原因として、食生活の乱れ、ライフスタイルの悪習慣や、あるいは感染など急性の要因を考えます。
*エネルギー(気)とは?
チベット伝統医学では、エネルギー(気)をミクロコスモスからマクロコスモスを含む、すべての生きとし生けるものの生命の源であるダイナミックな活力と見なします。そのエネルギー(気)は、空間(空)、風、火、水、そして地の五大要素から構成され、空間(空)は、すべての現象の源である空性、あるいは潜在性—風は、動き、成長、発展—火は速度と熟成を促す熱性—水は凝集性と流動性—地は、堅実さと安定、とそれぞれの性質を持つと考えます。

またこれらの五大要素は、三体液、胆汁(ティーパ)、粘液(ベーケン)、風(ルン)として知られる三つの性質に凝縮されます。この三体液は、本質的に熱性、冷性、中性の質を持ってます。


と本当に簡単な要約だが、チベット伝統医学は検証に検証が重ねられた非常に精密な医学なので、無理矢理乱暴に要約してみた、という感じになってしまう。間違いなどあればご指摘いただければ、とも思う。
なお、チベット伝統医学については7月の終わりに永沢 哲先生のいらっしゃる京都周辺で、マッサージKu Nyeのコースの予定があると聞いています。興味のあるお友達などいらしたら、ぜひ、参加してみてください。